セラピストにむけた情報発信



障害物のまたぎ動作に関する転倒予防トレーニングの効果
−Weerdesteyn et al 2008




2009年2月5日

高齢者が歩行中に障害物に引っかかってしまい,転倒してしまう事故が頻発しています.このような転倒事故の防止策を検討することは,臨床だけでなく,歩行研究においても最重要課題の1つです.

代表的な研究方法は,動作解析を用いて障害物のまたぎ動作を詳細に検討することで,どのような条件下で障害物との接触がおきるのか,あるいは,どのようにすれば障害物との接触を回避できるのかを明らかにすることです.

障害物を安全にまたぐためには,@障害物をまたぐ際の支持脚と障害物との距離(foot placement),A先導脚と後続脚が障害物を超えるときの足上げの高さ,B先導脚の着地位置(heel distance)の3つが重要となります.

本日ご紹介するのは,転倒危険性の高い高齢者を対象とした転倒予防トレーニングによって,B先導脚の着地位置が改善され,障害物との接触率が減少することを示した論文の紹介です.

Weerdesteyn V et al. Exercise training can improve spatial characteristics of time-critical obstacle avoidance in elderly people. Hum Mov Sci 27(5):738-748, 2008

前回ご紹介したDuysens氏のグループによる研究成果です.第1著者のWeerdesteyn氏はここ最近,転倒予防に関する多くの論文を出しております.ユニークな成果が多いこともあり,目を惹きます.

彼らが使っている実験課題は,トレッドミル上の障害物またぎ回避課題です.トレッドミル歩行の最中に,不意のタイミングで,しかもかなり足もとに近い場所で障害物が登場します.従って実験参加者は,突然障害物が登場したら素早く回避動作を実行しなくてはなりません.正しい回避動作の実行という要素に加え,限定された時間の中で実行する時間的な要素が検討できることが,大きな特徴です.

65歳以上の高齢者113名が実験に参加しました.全員,過去1年間のうちに最低1度は転倒を経験しており,転倒の危険性がある高齢者と位置づけられます.うち半数が,5週間にわたって転倒予防トレーニングに参加しました.トレーニングは週2回行われ,不安定な足場を歩いたり,ドアの段差をまたいだりする歩行訓練や,手を使わずに座面の低い椅子から立ち上がるといった訓練を行いました.

転倒予防トレーニングの前後に,障害物またぎ回避動作がどのように改善されたかを検討した結果,障害物をまたいだあとの着地位置が,障害物から遠くなることがわかりました.

平たく言えば,転倒予防トレーニングによって,障害物をまたぐときのストライド(歩幅)が大きくなったことになります.十分な足上げの高さを維持しながらストライドが広がることで,障害物との接触の危険性が低くなりますので,転倒予防に寄与するといえます.

実験では,実験課題の特徴である素早く反応するという時間的な要素についても,トレーニングの効果を検討しています.しかしこれについては,有益なトレーニング効果は得られませんでした.

不意の障害物に対する素早い回避は,日常空間では確かに必要とされることです.不注意などの理由で足もとの障害物に突然気づいた,あるいは人通りの多い場所で他者にぶつかりそうになったなどが,その一例です.今後の研究において,どのような転倒予防トレーニングが素早い回避動作の実現に寄与できるのか,今後の研究成果が大いに期待されます.


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